事例・コラム
プロフィール
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歌代 将也
学校法人産業能率大学
総合研究所兼任講師
社会保険労務士一橋大学社会学部卒業後、大手製紙メーカーに20年以上勤務。人事、財務、経営企画等の業務に従事。 2019年に、うたしろFP社労士事務所を設立。企業への労務管理に関するアドバイスのほか、マネジメント、労務管理、ハラスメント等のテーマで従業員向け研修の講師を務める。
労働基準法は1947年の制定以来、約80年にわたり働き方の基本ルールを定めてきました。そして今、その労働基準法について幅広く見直しの議論が進んでいます。2026年9月に厚生労働省の労働政策審議会で議論が再開され、主な論点として勤務間インターバル制度、連続勤務の規制、「つながらない権利」などが示されました。
法改正の具体的な内容や時期はまだ決まっていませんが、制度化されれば勤務時間や休日の管理、就業規則などの社内ルール、さらには管理職の日々のマネジメントにまで影響が及びます。本記事では、見直しの背景と現時点での検討内容を整理したうえで、人事・研修担当者が今から準備しておきたいポイントを解説します。
※本記事は2026年10月時点の情報に基づいています。
1.なぜ今、労働基準法の見直しが検討されているのか?
労働者の働き方の変化
現在の労働基準法は、同じ場所で、同じ時間帯に、同じ人員が働く「工場労働」を主なモデルとして作られました。1987年の大改正で、法定労働時間の週当たり40時間への引き下げやフレックスタイム制、裁量労働制が導入され、それ以降も改正が重ねられてきましたが、制度の基本的な枠組みは大きく変わっていません。
一方、働く人を取り巻く環境は大きく変化しました。少子高齢化により労働力人口は減少局面に入り、育児や介護と仕事を両立する人、シニアや外国人など、多様な人材が活躍できる環境づくりが欠かせなくなっています。また、テレワークの定着、副業・兼業の広がり、フリーランスやアプリ・Webサイトを通じて仕事を受注する働き方など、働く場所や時間、契約の形も多様化しています。
現行法の課題
こうした変化から労働者の心身の健康を守る観点から、現行法には次のような課題が指摘されています。
健康確保の穴
現行法の変形休日制では、4週間の最初と次の4週間の最後にそれぞれ4日間の休日をまとめて配置することで、その間に理論上48日間の連続勤務が生じる可能性があります。終業から次の始業までの休息時間にも、法律上の最低基準はありません。
「つながりっぱなし」の常態化
スマートフォンやチャットツールの普及で、勤務時間外にも業務連絡が届きやすくなり、仕事と私生活の境界があいまいになっています。
柔軟な働き方との不整合
テレワークや副業・兼業では、労働時間の把握や割増賃金の計算が複雑になり、企業にとって運用が煩雑になる場面が増加しています。
これまでの検討の流れ
厚生労働省は2024年に「労働基準関係法制研究会」を設け、2025年1月に報告書を公表しました。これを受けて、労働政策審議会労働条件分科会(以下、分科会)で公労使による議論が始まりました。
当初は2026年の通常国会への法案提出が見込まれていましたが、2025年秋に政府が労働時間規制の緩和を含めた検討方針を示したことなどから、提出は見送られました。その後、2026年7月に閣議決定された「日本成長戦略」と「骨太の方針2026」で、「心身の健康維持と従業者の選択を前提に、柔軟で多様な働き方を実現する」方針が示され、2026年9月に分科会での議論が再開されています。今回の見直しは、「健康を守るための規制強化」と「柔軟な働き方のための規制の見直し」の両面から議論されている点が特徴です。
2.労働基準法改正で何が変わる?注目すべき検討ポイント
2026年9月16日の分科会では、今後の議論の中心となる論点として、勤務間インターバル制度、連続勤務規制、「つながらない権利」、裁量労働制、変形労働時間制、副業・兼業、テレワーク・フレックスタイム制、過半数代表者、法定休日、年次有給休暇などが示されました。ここでは、改正がなされた場合に多くの企業で影響が大きいと思われる主な内容を、研究会報告書で示された方向性も踏まえ、整理します。
| 論点 | 現行制度 | 検討されている主な方向性 |
|---|---|---|
| 勤務間インターバル制度 | 企業の努力義務 | 義務化も視野に、導入を促す(11時間が一つの目安) |
| 連続勤務規制 | 変形休日制(4週4日)で長期の連続勤務も可能 | 13日を超える連続勤務の禁止 |
| 法定休日の特定 | 法律上の義務ではない | 就業規則等での特定を義務化 |
| 「つながらない権利」 | 法律上の定めはなし | ガイドライン策定などで社内ルールづくりを促す |
| 裁量労働制 | 対象となる業務や適用のための要件が規定されている | 適用範囲の拡大、要件緩和 |
| テレワーク・フレックスタイム制 | 部分的に適用することはできない | フレックスの日と始業・終業時刻が固定された日の混在を認める |
| 副業・兼業の割増賃金 | 労働時間を通算して割増賃金を計算 | 健康確保のための労働時間通算は維持し、割増賃金の通算は不要に |
※表は研究会報告書や分科会資料をもとに筆者が整理したものです。いずれも決定事項ではなく、今後の議論で内容が変わる可能性があります。
勤務間インターバル制度
勤務間インターバル制度とは、終業時刻から翌日の始業時刻までに一定の休息時間を確保する仕組みです。たとえば「11時間の勤務インターバルを設ける」とすると、夜23時まで残業した場合、翌日は10時以降でなければ始業できないことになります。
2019年4月から企業の努力義務となっていますが、導入企業はまだ少数にとどまっています。睡眠時間を確保し、過労を防ぐ効果が期待されるため、義務化も含めた導入促進策が議論されています。一方で、突発的な業務や交替制の職場などへの配慮から、義務化の是非や例外の設け方も論点となっています。
連続勤務の規制と法定休日の特定
現行法では「毎週1日」または「4週間で4日」の休日を与えればよいとされています。後者の変形休日制では、理論上は48日間の連続勤務が可能となります。研究会報告書では、精神障害の労災認定基準も踏まえ、13日を超える連続勤務を禁止する方向性が示されました。
あわせて、どの曜日が法定休日かをあらかじめ就業規則等で特定することの義務化も検討されています。これは法定休日に働いた場合の割増賃金(35%以上)の扱いを明確にするねらいがあります。
「つながらない権利」
「つながらない権利」とは、勤務時間外に上司や取引先からのメールや電話に対応しなくても不利益を受けないという考え方です。フランスやオーストラリアなどではすでに法制化されています。
日本では、当面は法律で一律に禁止するのではなく、勤務時間外の連絡について企業と従業員で社内ルールを話し合うよう、ガイドラインで促す方向が示されています。緊急時の対応や連絡手段、対応した場合の労働時間の扱いなどを、企業ごとに定めることが求められそうです。
その他の論点
柔軟な働き方に関わる論点として、裁量労働制の対象業務の在り方、変形労働時間制、テレワークやフレックスタイム制の活用なども議論される見通しです。また、企業と従業員の話し合いを担う過半数代表者の選出方法や役割の明確化も論点となっています。
3.制度化された場合、企業や現場にどのような影響があるか?
検討されている内容が制度化されると、人事部門の制度設計だけでなく、現場の業務の進め方そのものに影響が及びます。主な影響を、「勤務時間・休日の管理」「社内ルール」「業務の進め方」の3つの観点から整理します。
勤務時間・休日の管理
これまでの労働時間管理は「1日・1週・1か月の労働時間の合計」が中心でした。勤務間インターバルや連続勤務の規制が導入されると、これに加えて「終業から次の始業まで何時間空いているか」「何日連続で勤務しているか」を、個人ごとに日々確認する必要が生じます。
そのため、勤怠システムの設定変更やアラート機能の活用が求められます。特に、休日出勤が多い部署や、シフト制・交替制の職場では、実際の残業時間や休日確保の管理体制を見直す必要が出てくるでしょう。
社内ルール
法定休日の特定が義務化されれば、現在、就業規則で法定休日を定めていない場合には規定を見直すことになります。勤務間インターバルを導入する場合には、休息時間が始業時刻にかかったときの扱い(始業時刻を繰り下げるのか、その時間を勤務したものとみなすのか)や、賃金の扱いを明確にする必要があります。
「つながらない権利」については、勤務時間外の連絡の可否や緊急時の例外などを、社内規程やガイドラインとして明文化することが考えられます。また副業・兼業の割増賃金の扱いが変われば、副業規程や申告ルールの見直しも必要になるでしょう。
業務の進め方
影響がもっとも大きいのは、現場の業務の進め方かもしれません。たとえば勤務間インターバルが義務化されると、「前日に遅くまで残業した社員が、翌朝の会議に出席できない」といった事態が起こり得ます。特定の従業員に業務が集中している職場では、その人が休むと仕事が止まってしまうおそれもあります。
つまり、制度に対応するには、業務の属人化の解消、会議や締め切りの設定の工夫、管理職による業務配分の見直しなど、マネジメントの改善が欠かせません。勤務間インターバル導入が促されている背景を踏まえて、制度を整えるだけでは解決にならないという点を、あらかじめ理解しておくことが大切です。
4.法改正に備えて人事担当者が準備しておきたい3つのこと
①就業規則・労使協定の見直し
休日の定め方(法定休日の特定、変形休日制の利用の有無)、勤務間インターバルの規定、年次有給休暇中の賃金の算定方法、副業・兼業の規程などが見直しの対象になります。36協定や変形労働時間制、裁量労働制に関する労使協定についても、制度の変更内容に合わせて点検が必要になる可能性があります。
②労働時間管理の仕組みの整備
連続勤務日数や勤務間の休息時間を把握できるよう、勤怠システムの機能を確認し、必要に応じて改修や設定変更を計画します。テレワークや直行直帰など、自己申告に頼っている労働時間については、PCのログとの突合せなど、客観的な把握方法を整えておくことが重要です。また、異常を検知したときに、誰が、いつ、どのように対応するのかという運用フローも決めておきましょう。システムがアラートを出しても、現場で勤務表を組み替えるなど対応できる人がいなければ、導入した制度の実効性を保つことはできません。
③労使コミュニケーションの基盤づくり
今回の見直しでは、「つながらない権利」のように企業と従業員の話し合いでルールを決めることを前提とした論点もあります。労働組合がない企業では、従業員の代表者(過半数代表者)が、従業員自身の意思で適切に選ばれているか、選出手続きが形だけのものになっていないかを確認しておきましょう。従業員の意見を聞く仕組みを持っていることが、制度変更をスムーズに進める土台となります。
5. 制度を現場に定着させるには?管理職・従業員への教育のポイント
就業規則を改定し、勤怠システムを整えても、現場で正しく運用されなければ制度は形骸化します。たとえば、勤務間インターバルがあるのに「朝の会議には出てほしい」と上司が求めたり、勤務時間外の連絡を控えるルールがあるのに返信しないと評価が下がると感じたりすれば、制度は機能しません。制度の定着には、管理職と従業員の双方が内容を正しく理解し、必要に応じて行動を変えていくことが求められます。
管理職には「運用者」としての教育を
実際に制度を日々運用するのは、部下の勤務を管理し、業務を割り振る各部署の管理職です。管理職には、「何が変わるのか」という知識に加え、「自分のチームでどう運用するか」を考えて実践する力が求められます。教育で取り上げたい内容の例は次のとおりです。
- 改正内容と、違反した場合の企業のリスク
- 勤務表の作成や業務配分にあたっての注意点
- 業務の属人化を解消するためのチーム運営(業務の共有、複数の仕事を担当できる人材の育成)
- 勤務時間外の連絡の取り方と、部下への配慮
- 例外的な対応が必要な場面での判断と、人事への相談の仕方
特に「残業を前提としない仕事の進め方」への転換は、管理職自身の働き方を問い直すことにもつながります。知識を伝える講義だけでなく、自部署の課題を洗い出すワークや、他部署の管理職との意見交換を取り入れると、実践につながりやすくなります。
従業員には「自分ごと」としての理解を
従業員に対しては、制度の内容だけでなく、「なぜこのルールがあるのか」という目的を伝えることが大切です。勤務間インターバルや連続勤務の規制は、労働者自身の健康を守るためのものです。自己健康管理や、正確な勤怠入力の重要性もあわせて伝えましょう。
周知で終わらせず、「実践できる状態」をつくる
社内通知や説明資料の配布だけでは、理解度にばらつきが出ることも考えられます。階層別研修やeラーニングなどを組み合わせ、対象者に応じた教育を計画的に実施することが有効です。導入後も、勤務データの確認や現場へのヒアリングを通じて運用状況を確かめ、必要に応じてフォローアップ研修を行うとよいでしょう。
6. 法改正に備えて人事担当者が確認したい6つの項目
法改正の内容や時期は未定ですが、自社の現状を把握しておくことは今すぐにできます。現状がわかっていれば、制度の内容が固まった段階で、どこをどれだけ見直す必要があるのかをすばやく判断できます。次のポイントを参考に、点検を進めてみてください。
| 確認する領域 | 主な確認ポイント |
|---|---|
| 勤務実態 |
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| 社内ルール |
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| 勤務時間・休日の管理方法 |
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| 勤務時間外の連絡 |
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| 労使コミュニケーション |
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| 教育体制 |
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勤務実態は、勤怠データを過去数か月分抽出して集計すると、課題のある部署が見えやすくなります。管理職研修については、法改正を待たずに、労働時間管理や部下の健康管理、業務の効率化をテーマとした教育を今のうちに始めておくと、制度化されたときにもスムーズに移行できます。
7.まとめ
2026年に議論が進められている労働基準法の見直しは、労働力人口の減少や働き方の多様化といった社会構造の変化を背景にしています。そのため勤務間インターバル制度、連続勤務の規制、「つながらない権利」などは、いずれも「働く人の健康と生活を守りながら、成果を出す」働き方への転換を求めるものといえます。
もちろん具体的な制度の内容や施行時期は今後の議論の進行を待つ必要があります。ただし、勤務実態の把握や社内ルールの点検、管理職への教育は、法改正の有無にかかわらず、健全な職場づくりに役立ちます。制度を「整える」だけでなく、現場で「使える」状態にするために、人事・研修担当者が中心となって、今から計画的に準備を進めていきましょう。